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On-Going

1.ポスト世俗化と現代宗教

巡礼・聖地、宗教とツーリズム研究

現代社会で人々は〈宗教〉をいかに経験するのか、という現在まで一貫する問いを持ち、博士学位論文ではツーリズムと接合した巡礼を取り上げました。巡礼者の語りや身体性、寺院や旅行産業の関わりを関連付けながら、宗教的実践と消費が表裏一体となった巡礼ツーリズムの民族誌記述を行い、単著として刊行しました。宗教を制度、政治、経済との相互規定のもとで捉える枠組みはその後の研究でも応用され、沖縄の聖地や聖域を主なフィールドに、文化遺産、開発行政、ツーリズム、空間管理、宗教組織運営といった現代の宗教性をめぐる幅広い事例を扱ってきました。これらの「宗教とツーリズム」に関する研究では、人類学・民俗学で蓄積のある宗教研究を軸に、ポスト世俗化論をはじめとする宗教社会学理論も援用しながら、〈宗教〉が上記のような現代的諸制度に広く拡散しながら人々に経験される動態を捉えることを目指してきました。

宗教組織の経営プロセス

今後は宗教人類学・宗教社会学との共同研究を強化し、ポスト世俗化と現代日本の宗教に関する民族誌的研究を進めます。まずは、科研費基盤研究(B)宗教組織の経営プロセスについての文化人類学的研究(代表・藏本龍介氏)に関わる、聖地・巡礼地を地域経営体として捉える研究で、寺院ネットワークや地域開発、運営費等の経営プロセスと信仰・聖性の絡み合いを捉える研究を進めます。将来的に取り組みたい課題としては、高度消費社会と宗教類似現象の関わりを検討するために、正食(マクロビオティック)や自然食など健康食運動、整体・鍼灸など代替医療と精神文化との関わりに関心を持っています。

2.現代民俗学、エスノグラフィーの方法的可能性の探究

日常学としての民俗学

私は学部時代より、文化(社会)人類学と民俗学の双方に関心を持ってきました。民俗学に関しては、常にその可能性と課題を抱えた分野であると捉え、課題解決を図るための方法論的・理論的な研究も進めてきました。具体的には民俗学における語り論や人間観、ジェンダーバイアスの批判的検討を行い、モビリティ・消費・欧州民俗学理論といった日本の民俗学で未開拓の領域についても検討してきました。これらは『〈人〉に向き合う民俗学』『民俗学の思考法』(いずれも共編著)等の著作や論文にて公刊するだけでなく、多言語誌『日常と文化』の編集を通して、国際発信やネットワーク形成を行ってきました。以上の研究は科研費基盤研究(B)〈日常学としての民俗学〉の創発性―世相史的日常/日常実践/生活財生態学の国際協働(2018−21、代表・岩本通弥氏)などのプロジェクトを通じて行ってきたものです。

批判的〈民具〉研究

これらを引き継ぐ今後のプロジェクトとして、科研費基盤研究(B)モノ・人・権力の現代民俗学:日中韓の比較に基づく批判的〈民具〉研究の構築(2021−25)を行います。人類学ではマテリアリティ研究(物質文化研究)の復権が見られ、ポストヒューマン、科学技術研究といった人文社会科学全般の潮流をリードする研究領域になっている一方、民俗学では民具研究を初めとした多くの物質文化研究の蓄積を有しながら、こうした動向とは大きな関わりはないようです。私たちは、消費社会における生活道具や情報機器を含めたモノを対象に取り込みながら、モノに仮託されたジェンダー規範や新自由主義的な政治性など、民俗学が黙認してきた規範をあぶり出す「批判的民具学」を構想しています。これは単に物質文化研究の再構築というよりも、日常における小さなものへのまなざしから現代社会を捉えるための、民俗学再構築のプロジェクトであると言えます。

ソーシャルデザインの人類学

方法論的な検討については、人類学・民俗学にルーツを持つエスノグラフィーの社会的活用についても考察を進めています。科研費基盤研究(B)ソーシャルデザインの人類学的研究:生活・地域・人をどう生み出すか(2021−25、代表・木村周平氏)は、デザイン思考やエスノグラフィーが社会に浸透し、生活デザイン、地域開発、人材育成などに応用されている状況に自ら実践の主体として参与しながら、その実践をエスノグラフィックに捉えていく再帰的な研究プロジェクトです。それを通じて、質的な調査研究を元にしたソーシャルデザイン(SD)がどのような思想的系譜・方法的知見に基づき実践されているのか、また人類学以外の文脈で執り行われるエスノグラフィックな営為に、人類学がどのように向き合うべきかを明らかにしていきます。

3,エスノグラフィーを応用した離島文化運動に関する研究

佐渡をフィールドとしたアクションリサーチ

上記のSDに関するプロジェクトに通じる関心ですが、私は研究を通してパブリックな課題に積極的に関わる問題意識を持ち、2010年より新潟県佐渡島をフィールドに、研究者・地域住民・学生の協働による実践的な共同研究を行ってきました。当初、このプロジェクトは廃校研究を行っていたので廃校プロジェクトと呼んでいましたが、その後、多面的な関心に広がってきたことから、生活文化研究フォーラム佐渡と呼ぶプロジェクトに改称しました。扱うテーマは廃校舎再利用とコミュニティ、フィールド写真を用いた記憶の掘り起こし、博物館活性化、ヴァナキュラーアートの実践などと多様ながら、共通するのは、離島の構造的劣位と「文化」をめぐる運動体の生成に関わる点であり、研究者と地域住民が課題を共有して進めることに特色があります。手法的にはエスノグラフィーを応用した課題発見や創造的なプロセスであり、人類学・民俗学が現実課題を抱えた地域やセクターの状況にどう参与できるか再帰的に問うていく、実験的な試みです。

戦後日本の国土開発と地方文化運動の日常史的研究

本研究は上記のアクションリサーチを通じて得た問題意識を発展させものです。近代日本において、権力と財の集中を是正する再配分や開発政策は、大量のインフラを生み出しながらも、逆に〈中央〉への依存を強めることになりました。つまり近代化や国土開発は、離島などの地域を国家の「周辺」へと再編していくプロセスとしての側面が拭いがたくあります。

ではそのように位置づけられた地域は中央・都市との対比の中で立ち位置が措定される構造的劣位を、いかに脱しようとしてきたのでしょうか。1960年代を中心に多くの地域では格差の超克や自立性の回復といった内発的な文化運動が見られました。経済格差に劣等感が加わった「離島性」(宮本常一)を捉えるには、周辺部が〈地方〉化していく政治的プロセスを史的に跡づけていくだけでなく、人々の主体性や日常実践、情動に踏み込んだ開発経験を民俗学的に明らかにする必要があると言えます。それを文化運動や開発史、インフラストラクチャーと人々の日常性との関係に着目して明らかにしたいと考えています。